僕の書き方

僕の名前の英語表記“Hiro-F. Yanai”を見てどういう意味だろう?と思ったでしょうか?「実は,僕はクウォーターでミドルネームがあるんです」と言っても冗談を本気にする人はあまり多くはありません.僕がこの形の英語表記を使い始めて6年ほどになりますが,最初のほんの短い間は,ハイフンを書かずに“Hiro F. Yanai”としていましたから,ミドルネームだという冗談も比較的本気にされやすかったのですが,ハイフンがあるとそうはゆかないようです.

「姓」が先か「名」が先か

欧米の,「名」(given name)を先に書き「姓」(family name)を後に書くという流儀は,普段から職場などでも「名」で呼び合うことが多いというアメリカの事を考えると,よく使う方を先に書くという考え方も妥当そうです.そうすると,日本人の場合は「姓」で呼ぶことが多いですから[註1],姓を先に書くという流儀を貫いて,日本人は英語表記をしても姓が先なのだという通念を世界の人々に与えておけばそれでよかったのかもしれません[註2].しかし,実際はそうではなく,欧米流に名→姓の順で書くことが普通です.

「姓」→「名」で書く例

ところが,時折,英語表記をする場合にも姓→名の順で書くというのを目にすることがあります.ひとつは,今では終わってしまいましたが,「もぎたてバナナ大使」という番組の“イニシャルトーク”という,芸能界のうわさ話をイニシャルを使って進めるコーナーです.そこでは,例えば山田邦子を Y.K. という風に姓→名の順で用いていました.これはイニシャルの一般的な用い方からすると逆ですね.

もうひとつは,今年のアトランタオリンピック出場をかけたサッカーアジア予選の衛星中継での選手名の表記です.前園真聖が Maezono Masakiyo と書かれていました.アジアならではの気遣いなのか,それとも日本チームからそのように要請したのかは分かりませんが(これに関して知っている人は教えて下さい),これも珍しいことです.オリンピックやスキーワールドカップでも,日本人かどうかによらず,Maezono, M. のように,コンマで区切って姓→名の順に書くことはありますが,フルネームでその順序は珍しいことです.

英語でも,実は姓→名の順で書くのが当たり前の状況があります.それは,論文などの参考文献一覧で著者を表記する場合です.欧米人もそのような場合には姓が第1だと考えるのか,例えばぼくの名前「やない ひろふみ」でしたら,Yanai, H. のように,「姓」,「名のイニシャル」という書き方をします.

韓国,中国人の場合は英語表記でも「姓」→「名」の順

名前という点では日本と類似している韓国,中国ですが,英語表記の取り扱いでは全く異なります.アメリカで報道される場合,日本の「橋本龍太郎」総理大臣は Japanese Prime Minister“Ryutaro Hashimoto”と表現されますが,韓国の「金泳三(キムヨムサム)」大統領は South Korean President“Kim Young-Sam”と書かれ(読まれ)ます.

この辺りの経緯は調べてみないと分かりませんが,異なる文化が触れ合うと,さまざまな約束事を新たに作らなければなりませんから,ちょっとしたタイミングの問題で結果が大きく変わってしまったのでしょう.

ただ,新聞やテレビでは韓国,中国の人の名を「姓」→「名」の順で書くことはあっても,科学技術系論文のタイトルに続く著者名には,例外なく「名」→「姓」の順で書かれます[註3].科学技術の世界には日常社会とはまた別の約束事があるようです.

このことと直接は関係しませんが,韓国の人の英語表記について面白いことを聞いたことがあります.韓国へ出張した際にお世話になった李さんは,論文では Soo-Young Lee と書いていたので,何の疑いもなく「り」さんと呼んでいました.ところが,旅行ガイドブックの付録で,ハングル文字の発音と李さんのハングル文字表現を比べてみると「い」となっているではありませんか.それで疑問に思って尋ねてみると,意外な答えが返ってきました.韓国での発音は「い」だけれども,中国では李は「り」と読むので,英語表記をするときには中国読みに合わせているというのです!

なぜ,Hiro-F. か?

実際,韓国や中国の人も,例えば金泳三大統領でいえば,Kim Young-Sam,Kim Young Sam,Kim YoungSam などと,本人や書く側の好みでさまざまに書かれますが,Kim Youngsam という書き方ほとんど見かけません.特に韓国の場合には姓が1文字,名が2文字という決まりがありますから,3つの部分で構成されているという意識が強いというところにも原因はあると思います[註4].もともと漢字という要素で構成されているので分けて書く理由があるのです. このように考えると,Hiro-Fumi Yanai という書き方も自然に見えてくるでしょう.じゃあ,なぜ Fumi は省略するのか,ということについては「もしも short name で呼ぶ場合には,Hiro でいいですよ」という気持ちを込めているからです.

大概は Hiro-F. Yanai と書きますが,もっと省略して H.-F. Yanai と書くこともあります.

ところで,名をハイフンで結ぶというので次に思い付くのはフランスです.例えばサルトルは Jean-Paul Sartre で,省略するときには J.-P. Sartre と書きます(Jean-P. Sarter という書き方は残念ながら見たことがありません).皆がそうではないのでしょうが,サルトルの場合,Paul は父親の名前から取ったそうです.日本にも親の名前から字を取るという考え方がありますね.

僕の書き方には実用性もあります.論文などで引用される場合にはフルネームで書かれることはありませんから,名がイニシャルだけだと,例えば「やない ひろふみ」と「やない ひろあき」は区別できません[註5].その点,H.-F. Yanai のように書けば,それぞれ H.-F. Yanai H.-A. Yanai となって区別することができます.

結局のところは....

と,いろいろ述べてきましたが,僕が今の表記を使っているのは,結局のところ,何となくカッコいい感じだから,というところかなあ

「日本人の名前を英語でどう表記するか?」という問いかけへの答えは,日本人の名前の表記として国際的に受け入れられている「名」→「姓」の順は既成事実として認めた上で,その他の書き方は各自で工夫する,というところですね.