自己紹介風エッセイ「工学部の科学者」 

矢内 浩文 1995年3月20日


矢内浩文,33才.職業は科学者.こう書くと,少々いぶかしがられることもある.僕自身あまり素直な表現ではないと思っているが,まあ一風変わっていていいんじゃないかと開き直って使っている.

職業欄にある選択肢といえば,会社員,公務員,教員,自由業,自営業,学生などであるので(学生が職業であるというのも変だが,今のところはそれは置いておこう),教員でも選択しておけばいいのだろうが,僕にはそれはどうもしっくりこない.確かに僕の仕事の約半分は教えることであるが,残りは研究することだからである.つまり,細かく言えば,教員兼研究者である.科学者は研究者の一種であるから,実のところ僕が科学者であると言い切るのも自分の職業の正しい表現であるとは言えないが,話は面白い方がいいので面白そうな半分を主に用いている.(職業欄も記入式の場合には自信を持って科学者と書くのだが,選択式の場合,「その他」を選んで括弧内に「科学者」と記入するほどの勇気はないので,つい弱気になって「教員」に丸を付けてしまう.)

工学については後回しにするとして,科学以外で〜学と付くものには,理学,農学,医学,文学,雑学,などがある.それぞれに「者」を付けるとその学問を研究する人という意味になる筈であるが,実際どうか見てみよう.「理学者」という言い方はかなり不自然である.理学の場合には更に細分して「物理学者」,「化学者」などという.「農学者」という言い方は比較的一般的だろう.「医学者」,これはかなり違和感がある.ただの「医者」では研究する人というよりは臨床医を意味するのが普通だから,医学を研究する人は「医学博士」とでもいうのだろうか.これもぴったりとした感じではない.「文学者」,これは問題ないだろう.最後に「雑学者」,これもおかしい.強いて言えば「雑学博士」だろうか?

ここでは科学者という表現について考察してみようと思う.そうすることで僕自身の立場や世間の僕に対する認識,あるいは工学部に所属するスタッフ(教授,助教授,講師,助手など)や学生の立場が浮き彫りにされるだろう.

「科学者」を含む表現に「学者」がある.国語辞典によれば,「学者」とは「学問・研究を専門とするひと」である.言い換えれば,○○学を研究する人を○○学者といい,分野を問わない総称として学者という言葉がある.この考え方で行くと,工学部に所属している人々は(世間の人々から見れば)工学を研究している.従って彼ら(そして僕)は「工学者」ということになる.しかし,「工学者」は一般に通じるとは思えない.会話の中でいきなり出てきたら戸惑ってしまうだろう.しかも,大学の工学部に所属している人々(教授,助教授,講師,助手,など)の中には,工学を専門としていると断言できない人が少なくとも1割はいるんじゃないだろうか.ただ,人に聞かれたときに工学が専門です,と答えれば相手も納得した気になってくれるから使っているだけで,実際は数学と心理学と通信工学を足して3で割ったようなものかもしれない.

学問分野がほんの時折(数十年から数百年あるいは数千年に一度)変わるだけであるのに対し,科学,技術,あるいは学問の中身は常に進歩(少なくとも変化)し続けている.それらに携わる科学者,技術者,学者,あるいは学生研究者(大学院生など)がたゆみなく研究を続けているからである.そこでの発見が独創的であれば,分野を問わず多くの研究者の興味を引き,学問分野によっては新たな研究項目を形成し,その研究が学問分野のものとして定着してゆく.このようなことがたびたび起こると,学問分野の分け方自体に問題が生じ,次第に不自然になることもある.(全国の大学の工学部の中には,学科の名前を一新したところも多い.昔ならその名前で勉強あるいは研究内容がうまく伝わっていた学科も,誤解を招きかねない状況になったからである.)このようなことがなぜ起こるかというと,科学,技術,あるいは学問は,結局,個人的な興味と努力によって形づくられ変化してゆくものだからである.

話を元に戻そう.今度は「科学者」を国語辞典で引いてみると,「専門に科学(特に自然科学)を研究するひと」となっているので,おもに自然科学を研究するひとということになり,社会科学や工学を研究するひとは含まれないというのが一般的な捉え方のようである.日本では,単に科学というと自然科学(物理学,化学,地球物理学など)を指すことが多いので,工学部に所属する人々には科学を専門としているという考え方がないようだが,試みに英語の辞書で日本語の工学に相当する engineering をひいてみると,次のように説明してある.

The science of making practical application of pure sciences, as physics, chemistry, etc., as in the construction of engines, buildings, etc.
[純粋科学(物理学,化学,など)を現実問題(例えばエンジンの製作,ビルの建設,など)に応用するための科学.]

つまり,工学も(不純ながら?)科学の一分野なのである.したがって,少なくとも英語圏の人々の考え方からすれば,理学部の人も工学部の人も科学者(scientist)なのである.だから,engineer という単語は工学部で研究している人を表すのではなく,「技術者」を表す単語なのである.英語で書かれた教科書(参考書)には,“‥‥for scientists and engineers”といったタイトルのものを時折目にする.翻訳すれば,「科学者と技術者のための‥‥」となり,僕たち工学部の研究者は「科学者」として対象読者になっている.

僕は言葉の響きの面白さと,研究が単なる応用ではないという主張を込めて「科学者」を使っているが,考え方の元には「工学者」の思想が深く根ざしている.それは純粋科学を応用するというだけの意味ではなく,常に現実との関わりで研究をしたいからである.当然,原理は分からなければならないが,その原理が現実の制約と関わることでどのような新たな考えが必要になるか,に気を遣っているのである.とはいっても,仮りに僕が研究の話をしたとすると,ただの数式の抽象世界じゃないか,と言われるかもしれないが,そこは理学(数学や物理など)と工学の違いであるので,理学,工学それぞれの雰囲気を味わった後でないと僕の主張もうまく伝わらないだろう.この辺りに関しては,「研究あるいはその指導に対する Yanai の考え方」も参考にしてもらいたい.

結局,科学者としての僕の立場を明確にすることができたかどうか疑問だが,これからもしばらくは,僕の職業は「科学者」である.


Copyright 1995-1996 Hiro-F. Yanai. All Rights Reserved.
矢内 浩文の頁