手の運動能力をはかろう!〜見て、判断して、修正する、手と脳の総合力の測定〜
茨城大学 工学部 電気電子システム工学科 准教授 やないひろふみ 
(問い合わせは hfy@ieee.org まで)
2018年12月5日作成 / 2019年8月22日更新 / 2019年12月5日更新 / 2021年7月4日更新(実験用紙のPDFを追加) / 2022年6月14日更新 / 2022年7月31日更新 / 2023年7月22日更新
このWebページは、
「青少年のための科学の祭典2018日立大会」
「青少年のための科学の祭典2019全国大会」
「青少年のための科学の祭典2019日立大会」
「青少年のための科学の祭典2020日立大会(オンライン開催)」
「青少年のための科学の祭典2022全国大会」
に出展した企画「手の運動能力をはかろう!〜見て、判断して、修正する、手と脳の総合力の測定〜」、および、体験授業、模擬授業、市民講座などで実施した体験型演習の解説を目的としたものです。
茨城大学図書館の土曜アカデミー【オンライン講座】「体験して知る、モノの使いやすさのデザイン学」(2022年5月28日)や、茨城大学オープンキャンパス(日立会場)「モノの使いやすさが計算できるって本当?」(2023年7月22日)でも、この実験を実施しました。
このページの内容は以下の通りです。
- 実験方法
- 実験についての解説
- 簡単な解説
- 数式を使った詳しい説明(フィッツの法則)
- 参考書
1. 実験方法
幅広の線を下図のように描いた紙を用意します。
図の線は灰色に塗りつぶされていますが、塗りつぶさなくてかまいません。実験には支障ありません。細い4本線でOKです。
↓このように塗りつぶさなくても
↓このような細い4本線でOK
幅広の線の長さは、25cm以上は必要です(A4サイズ横置きで幅いっぱい。)。
ダウンロードできる用紙では、課題が詰め込まれています。しかし、ご自分で作る場合には、1ページに1つずつ描いた方が、実験がしやすいです。
「線の中心の間隔」と「線の幅」について下の一覧表の4種類を用意します。
課題番号 | 線の中心の間隔 | 線の幅 |
[1] | 6cm | 2cm |
[2] | 6cm | 1cm |
[3] | 3cm | 1cm |
[4] | 3cm | 0.5cm |
ここでの課題は、折り返し点が幅広の線に乗るように注意しながら、できるだけ速くペンを往復させることです。制限時間は4秒です。
(失敗しても気にせず、どんどん続けてください。成功した回数だけを数えます。下図の場合、成功回数は21回です。)
【注意】ただし、特に課題[1]では、ペンで描く波線の間隔を広くし過ぎると、終了時間前に幅広の線が足りなくなってしまう可能性があります。幅広の線が足りなくならないように、波線を詰めて描くようにしてください。
2. 実験結果についての解説
まずは簡単な解説を行ないます。次に数式を使った詳しい説明をします。数式を使った説明を理解するには高校で学ぶ数学の知識が必要です。
2.1 簡単な解説
ポイントは、「線の中心の間隔」と「線の幅」です。
線の上を行ったり来たりすることの難しさは、「線の中心の間隔」だけでなく「線の幅」にも影響されます。「線の中心の間隔」が近ければ簡単で、「線の中心の間隔」が離れていれば難しいだけでなく、「線の幅」が広ければ線に乗せやすく、「線の幅」が狭ければ線に乗せにくいからです。
フィッツ氏(P. M. Fitts)の研究によれば、線の上を行き来することの難しさは「線の中心の間隔」と「線の幅」の比で定まります。
難しさは、正しくできる回数に直結しますので、正しくできる回数も「線の中心の間隔」と「線の幅」の比で決まります。
この実験について「線の中心の間隔」と「線の幅」、そしてそれらの「比」を一覧表にすると次のようになります。「比」=「線の中心の間隔」÷「線の幅」です。
課題番号 | 線の中心の間隔 | 線の幅 | 比 |
[1] | 6cm | 2cm | 3 |
[2] | 6cm | 1cm | 6 |
[3] | 3cm | 1cm | 3 |
[4] | 3cm | 0.5cm | 6 |
この表を見れば、課題[1]と課題[3]の難しさが同じで、課題[2]と課題[4]の難しさが同じだということがわかります。つまり、
┏━━━━━━━━━━━━
課題[1]と課題[3]で正しくできる回数はほぼ等しい
┗━━━━━━━━━━━━
┏━━━━━━━━━━━━
課題[2]と課題[4]で正しくできる回数はほぼ等しい
┗━━━━━━━━━━━━
と予想されます。
ただし、この予想は、何度も課題に取り組んだ場合の平均の話ですから、1度ずつしか取り組まない場合には、これが成り立たない可能性があることに注意してください。この予想が本当なのか確認したい人は、何度も繰り返して実験して平均してみてください。
2.2 数式を使った詳しい説明(フィッツの法則)
上でも述べたように、この説明を理解するためには高校で学ぶ数学の知識が必要です。
まず、正しくできる回数は、1回の移動にかかる時間から求められることに注目します。1回の移動にかかる時間を T とすれば、4秒間に正しくできる回数は
4/T
となります。この実験に関する法則(フィッツの法則)は、回数ではなく、この T を表わすための数式です。T は、定数 a と b を用いて次のように表わせます。
T = b + a × 難しさ指数
「難しさ指数」については、この研究を最初に行なったフィッツが導き出したものに加え、その後の別の研究者による改良で、さらに2つの数式が提案されています。フィッツによるものを含めた3つの数式は下の表のようになります。D は「線の中心の間隔」、W は「線の幅」です。
研究者名 | 発表年 | 難しさ指数 |
P. M. Fitts | 1954年 | log2(2D/W) |
A. T. Welford | 1968年 | log2(D/W + 0.5) |
I. S. MacKenzie | 1989年 | log2(D/W + 1) |
今回の実験では、b は 0 秒と考えられますので、MacKenzieによる数式を用いれば、正しくできる回数について次のように予想されます。
┏━━━━━━━━━━━━
課題[1]と課題[3]で正しくできる回数は、課題[2]と課題[4]の約 1.4 倍である。
┗━━━━━━━━━━━━
なぜならば、課題[1]、課題[2]、課題[3]、課題[4]で正しくできる回数をそれぞれ N1、N2、N3、N4 とすれば、
したがって、
だからです。
なお、これまでのわたしたちの実験(お子さまからシニアまでの約700名が参加;2019年11月現在)によれば、課題[1]から課題[4]で正しくできた回数の合計は、平均で約120回で、そこから計算すると a は約0.06となります。
3. 参考書
黒須正明、暦元純一著:「改訂版 コンピュータと人間の接点」 p.44、p.210、放送大学教育振興会(2018年)