黙々アワー
Unplugged Hour, or Digitally-Divided Hour
「黙々アワー」が産経新聞夕刊2003年7月8日(火)で紹介されました |
現代はとても便利です。しかしそれは同時に、歯止めのない、気の休まらない生活です。
四六時中買い物、食事ができ、相手の居場所が分からなくても、セルテル*で簡単に追跡できます。
セルがここまで普及するまでの時代は、空間の共有が時間の共有を意味していました。しかし現代はそうではありません。例えば、昔なら、意中の人がデートの誘いに乗り気じゃなくても、何とか約束がとれたなら、相手の方もちょっとは諦めて気の進まないながらも半日を共に過ごすことがあったでしょう。そして、話をしてみたら意外に“なんかいっかも”などとなることもあったかもしれません。が、現代では情け容赦なくセルの着信音が鳴って、「ゴメン、急用ができちゃって」、などとふられちゃったりすることもあるのではないでしょうか。
生活のあらゆるところから諦め(あきらめ)がなくなっています。諦めなくていいから、諦めがつかないのです**。これは“利用する”立場には便利でいいのですが、学問、研究という“生み出す”立場にはとても厳しいことです。生み出すには集中が必要です。しかし、諦めがつかないから集中できないのです。現代は、学問、研究に昔よりも強い精神力が要求される時代なのです。
このようなことを漠然と感じていたところ、日本トリンプの『がんばるタイム』を知りました。社長の発案で、机から離れず話をしない時間帯が設けられているというのです。
それにヒントを得て、研究室でも同様の時間帯を設けようと決心しました。
人間情報工学研究室では、情報系研究室の例に漏れず、コンピューター利用を推奨し、日常のレポートを含めほとんどの情報交換作業や準備をコンピューターを用いて実行しています。それは、僕などが大学生だったときのコンピューター利用とはかなり性格が違っています。つまり、コンピューターの空きの順番を待ち、プログラム入力作業および数値計算をし、一段落したら机に向かって紙と鉛筆とプリントされたデータを前に考える、という環境とはまったく異なっています。各自の専有コンピューターを使って、研究、勉強、メール交換、インターネット娯楽を時分割で同時進行で行なうのです。調査事項も、インターネットで大概のものは調べがつき、わざわざ図書館へ行って本を借りて読む必要はないのです***。
そこで設けたのが『黙々アワー』です。黙々アワーには、
興味があれば、他の研究室の学生でも参加を歓迎します。矢内か研究室の学生と連絡をとってください。
Hiro-F. Yanai、1999年11月18日作成 / 2022年5月12日改訂